辻村万莉奈先生
病理医を目指したきっかけ
病理学の授業を受けるまで、「病理診断」という分野について聞いたこともありませんでした。授業で様々な疾患のHE染色の画像を見てスケッチし勉強するにつれ、疾患を視覚的に捉えられることに感動し、組織標本の美しさに開眼しました。周りの同級生は組織標本および病理診断には興味がなさそうで、「標本を見るのが好きなのって稀なのでは…ある意味向いているということでは?」と気づき(勘違いし?)、4回生頃から母校の附属病院の病理診断科に出入りするように。そのまま病理医を目指すこととなりました。
キャリアと妊娠・出産
私は平成31年に京都大学医学部を卒業後、市中病院で2年間初期研修医として勤務し、後期研修開始時に京大の病理診断科に入局しました。入局後1年目は京大病院、2-4年目は関連病院で研修しました。 将来的に子供を望む女性医師の多くは、妊娠出産のタイミングとキャリアの兼ね合いについて1度は悩むことがあると思います。私自身もそうでした。ひとまず「専門医をとるまでは仕事に集中しよう」と決意したものの、専攻医2年目に入ってから不妊治療を開始した知人・友人の噂が聞こえ始め、「やはり早めに妊娠出産を考えたほうがよいのか?」と決意が揺らぐように。結果専攻医2年目の終わり頃に妊娠が発覚しました。想定外に早い妊娠にホッとする反面、「キャリア面で色々大丈夫なのか」と漠然とした不安に苛まれることもありましたが、京大病院での上司の「授かった時が産み時」との名言と当時勤務していた職場の先生方・技師さんの支えもあり、専攻医3年目の秋に娘を無事出産しました。後期研修は6カ月以内であれば育児・介護等の事情で休職しても研修を修了することができ、予定通り後期研修開始後4年目で専門医試験を受験することができました。1-2年専門医資格をとるのが遅れたところでキャリアに大きな影響はないと思いますが、焦らず済んだという意味で幸運なタイミングだったと思います。
医局の異動
産休・育休を計1年とった後元の職場で復帰しましたが、夫(内科医)も私も実家が遠く、今後共働き育児を続けるならどちらかの実家の近くに住んだ方がよいように感じ、私の実家のある奈良への転居を決意しました。それに伴い異動について京大の上司に相談したところ、かつて京大病院でご指導いただいていた吉澤先生がおられる奈良医大への異動を勧められ、専門医資格をとった翌年の5年目から奈良医大の医局に異動することにしました。教授以外に知り合いがいない状態でしたので異動は不安でしたが、温かい先生方・スタッフの方々のおかげで日々楽しく和気藹々とした雰囲気の中働かせていただいております。同じく育児中の先生方も多く、他の先生方の支えもあり突然の子供の体調不良による欠勤などにも対応できています。今は子供が小さいこともありまだまだ支えていただくことの方が圧倒的に多いのですが、いずれは自分が周りに恩返しできれば…と思っております。
仕事と育児
現在2歳の子供を地元の保育園に預けており、私は1時間短縮の時短勤務で勤務し、夫は他大学で大学院生(+外勤)です。平日帰宅後は子供に手がかかるので夕飯は土日(か平日早朝)の作り置きを温めるだけ、子供のお風呂や寝かしつけは私、食器洗いや洗濯等毎日の家事は夫、の分担です。掃除ロボットや調理家電、乾燥機を導入し、家事にかける時間を減らして子供と向き合う時間を捻出するよう努めています。今は夫が大学院生で比較的フレキシブルに動きやすく、恵まれていると思います。 子供の体調不良時はできる限り自分たち夫婦のいずれかが休んで対応していますが、実家に頼らざるを得ないこともあり、周りのサポートに感謝しております。
後輩の皆さんへ
病理医は患者さんと直接接することはありませんが、「診断」に特化して患者さんの治療方針を左右する重要な役割を担っています。 診断にやりがいを感じているのは勿論ですが、外来診療や手術等がないため他科と比較して「欠勤しにくい日」が少ないことは子供が生まれてからより一層有難く感じるメリットだと思っています。 病理診断に少しでも興味がある、あるいは顕微鏡画像をみるのが苦ではない・好きな方はぜひ、病理医も進路の選択肢に入れてみてください。

Doctor’s Doctor,すでに使い古されている言葉です。しかしながら新たな輝きを持ってこの時代を迎えています。私が研修を始めた四半世紀前,病理ブロックはHE染色と特殊染色,そして少しの免疫染色を行う程度の試料でしかありませんでした。当時はゲノム医療の萌芽があり,病理診断は廃れゆく領域と言われていました。それでもHE染色が語る深淵な世界に魅了され私は病理診断の道に進みました。私は2006年に米国のがんセンターに留学することになるのですが,そこでは肺癌のFFPEからEGFR遺伝子変異の検索が病理部で始まっており,病理診断報告書と分子病理診断報告書が分けて発行されていました。恩師が「これがこれからの病理診断の標準となる」と言っておられたのが印象的です。帰国後5年ほどして日本でもコンパニオン診断として導入されましたが,HE染色を用いた診断から遺伝子検査へ流れをマネージメントする新たな領域がDoctor’s Doctorとしての病理医の仕事となっているのです。当講座では,先代大林千穂教授が遺伝子解析ユニットを作られ,遺伝子検査を含めた多角的な病理診断を診療および研究面で進められる環境が整っています。さらに昨今医療現場へのAIの導入が進んでいますが,私自身はAIの病理診断領域における将来のあるべき姿を探ってきました。「AIが医師の仕事を奪う」といったことが叫ばれていますが,私の経験ではむしろ病理診断の新しい世界が開かれているのを感じています。